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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)127号 判決

アメリカ合衆国

オハイオ州 シンシナチ イーストシックスス ストリート 301

原告

ザ プロクター エンド ギャンブル カンパニー

代表者

ジェイコブス シー ラッサー

訴訟代理人弁理士

佐藤一雄

小野寺捷洋

野一色道夫

同弁護士

吉武賢次

神谷巖

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

後藤千恵子

廣田米男

田中穣治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第18196号事件について平成5年12月15日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文第1、2項同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年7月17日名称を「漏れ抵抗部分を設けた弾性化フラップを有する使い捨て吸収物品」とする発明(以下「本願発明」という。)について、1981年7月17日カナダ国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和57年特許願第124973号)をしたところ、平成2年1月24日出願公告(平成2年特許出願公告第3615号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成4年4月14日特許異議の申立ては理由があるとの決定とともに拒絶査定を受けたので、同年9月28日特許庁に対し審判を請求し、平成4年審判第18196号事件として審理された結果、平成5年12月15日「本件審判の請求は、成り立たない」との審決があり、その謄本は平成6年2月7日原告に送達された。なお、原告のため出訴期間として90日が附加された。

2  本願発明の要旨

前部腰部分、後部腰部分及び前記の前部腰部分と前記の後部腰部分との間に位置する股部分とを有する一体的使い捨てオムツにおいて、

液体透過性トップシート部分と前記トップシート部分と接合した液体不透過性バックシート部分を有する外方カバー層(前記外方カバー層はトップ面を有する)、

前記トップシートと前記バックシートの間に配置される液体を吸収する吸収芯部材(前記吸収芯部材は第一縦方向側端と第二縦方向側端とを有する周辺端を有する)、

少なくとも一対のフラップ(前記フラップの各々は固定端、前記固定端に離間関係にある末端を有し、かつ液体接触表面を有し、その縦方向側部は前記固定端及び前記末端によって境界をつけられ、前記外方カバー層の前記トップ面に接触させる前記フラップの前記固定端と股部分における前記末端の少なくとも一部分は前記外方カバー層に対する付着がなく、前記フラップは前記液体接触表面上で前記固定端と前記末端との間に介装された漏れ抵抗部分を有し、前記漏れ抵抗部分は非吸収性でありかつ液体不透過性である)、及び

前記フラップの各々の前記末端と作動的に組み合わされかつ少なくとも2つの端部に近い前記フラップに弾性的に収縮し得る状態で固着されて前記フラップの前記末端を弾性化し、それによってフラップを収縮させ又はギャザー付けをする弾性部材(前記フラップに前記弾性部材が作動的に組み合わされ、前記フラップの前記末端を前記固定端のまわりに上方離間され、かつ前記吸収芯部から上方に隔てられるように固着されている)

を有する一体的使い捨てオムツ

(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

別添審決書「理由」記載のとおりである。ただし、同審決書5頁1、2行目の「ひし形部分12、12」は、「ひし形部分11、12」の誤記である。引用例記載の図面については、別紙図面2参照。

4  審決の取消事由

審決は本願発明及び引用例記載の発明の技術内容を誤認した結果、本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定を誤り、かつ相違点の判断を誤ったものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)一致点の認定の誤り

審決は、引用例記載の発明における「ひし形部分11、12」は本願発明の「一対のフラップ」に、「おおい7」は水分不浸透層1の延長であるから本願発明の液体不透過性である「漏れ抵抗部分」に相当するので、両者は「フラップの末端が固定端から上方に離間している」点で一致していると認定しているが、審決の上記一致点の認定は、以下に述べる理由により誤りである。

〈1〉 引用例には、使い捨てオムツにおいて、上面に水分浸透性層6、下面に水分不浸透性層1を設けた吸収体2で、前記水分浸透性層及び水分不浸透性層を、おおい7を有するひし形部分11、12に折り曲げ、収縮バンド21を液体接触部分を有するおおい7の上面に固定し、吸収体は第1縦方向側端と第2縦方向側端とを有する周辺端を有し、水分浸透性層と水分不浸透性層とを粘着性部分8で接合しているものが記載されていることは認める。

しかしながら、引用例記載の発明におけるひし形部分11、12は、尿等がバンド21を濡らして収縮するまでは伸びた状態になっており、尿等がオムツから外に流出する際にバンド21を濡らして収縮させた時に初めて脚部を締め付けそれ以上の尿等の流出を防ぐものである。これに対して、本願発明におけるフラップ37は肌の方に押し付けられていないので、最初から立ち上がってダムになっており、漏れ抵抗部分48とともに尿等が外に流出するのを防ぐものである。

したがって、引用例記載の発明におけるひし形部分11、12は、本願発明の一対のフラップに相当するものではない。

〈2〉 本願発明における漏れ抵抗部分48は、フラップ37の固定端40と末端42との中間部分を指し、本願明細書(甲第2号証の1)及び本願公告公報(甲第4号証)の第3図(別紙図面1参照)でフラップ37の先端と図示されているのは誤記である。このことは、本願発明の特許請求の範囲に「前記フラップは前記液体接触表面上で前記固定端と前記末端との間に介装された漏れ抵抗部分を有し」と記載され、かつ本願公告公報に「漏れ抵抗部分48は、フラップ37の末端42と固定端40との間に位置づけられたフラップ37の一部分である。漏れ抵抗部分48はフラップ37の固定端40からフラップ37の末端42の液体の移動を遅延させる。」(14欄8行ないし13行)等と明記されていることから裏付けられる。

このように、本願発明の漏れ抵抗部分48はフラップ37の固定端40と末端42との中間部分を指すから、これと対比されるべきものは、引用例記載の発明のひし形部分12の中間部分であるから、引用例記載の発明における「おおい7」は本願発明の液体不透過性である「漏れ抵抗部分」に相当するものではない。そして、本願発明の漏れ抵抗部分48は、非ウィッキング性であり非吸収性であるが、引用例記載の発明の上記部分は特にそのような限定がなく通常の紙又は布からなるものである。したがって、両者は、図形的に対応するものであっても、材質も作用も異なるから、同一のものであるということはできない。

〈3〉 引用例の第1、2図(別紙図面2参照)では、ひし形部分11、12は固定端13、14から上方に離間され、かつ吸収体からも上方に離間されているようにみえるが、これは、単に作図上そのように描かれているだけで、現実には未使用状態ではひし形部分は上方に離間していない。

そして、引用例の詳細な説明をみても、ひし形部分が固定端から上方に離間している旨の記載はなく、当然ながら上方に離間させたことによる、ダムとして液体を塞ぎ止める作用についての記載もない。

これに対し、本願発明においては、フラップ37が積極的に弾性化された弾性部材44によって吸収芯から上方に離間し、かつ固定端40から上方に離れているので、尿等が突然に放出され吸収芯14による吸収が間に合わない場合、尿等はトップシート12上を伝って側方に向い、ここでダムとして機能するところの、上方へ立ち上がったフラップ37に当たりここで移動が止められるが、固定端40と末端42の中間部分、すなわち漏れ抵抗部分48の表面は非ウィッキング性かつ非吸収性であるから、おむつを通って漏れ出ることができず、吸収芯14に吸収されてしまう。この漏れ抵抗部分48は、バックシート部分16と一体の材料により作られているが、バックシート部分16は、液体に対して不透過性であり、プラスチック薄膜等から製造されている。

以上のとおり、本願発明と引用例記載の発明とでは、着用時のフラップの形態において、本願発明のフラップが吸収芯から上方に直立してダムとして機能するのに対し、引用例記載の発明は、十分な量の液体がバンド21を濡らして、これを収縮させるまでは、液体の外部方向への流れをせき止めるものはなく、ある程度の量の液体が流出することを防ぐことはできない。本願発明は、このように引用例記載の発明とは異なった構造を有し、引用例記載の発明にはない作用効果を奏するものである。

したがって、本願発明と引用例記載の発明とは「フラップの末端が固定端から上方に離間している」点において一致しているとした審決の認定は誤りである。

(2)相違点の判断の誤り

〈1〉 本願発明では、フラップは、その末端が「前記固定端のまわりに上方離間、かつ前記吸収芯部から上方に隔てられるように」弾性要素によって積極的に弾性化されているが、そのため幼児の大腿部にかかる圧力は約0.1~2.5ポンド/平方インチであって、幼児の肌に有害な窪みや痕を付ける圧力を及ぼすことがない。そして、常に弾性作用によって吸収芯から上方に起立したフラップ37は、常時漏れを防ぐような構造になっているのであり、しかも排泄物に対するダムとしての機能をなしているものである。

これに対し、引用例記載のバンド21は、乾燥状態では収縮しておらず、幼児の排出物量が大量でないか、あるいはバンドを活性化し幼児の足回りのダムを形成するほどに十分でないならば、決して収縮することはない。したがって、ひし形部分12は固定端13、14から立っていない。このことは、引用例記載の発明が従来技術では常時おむつの端の部分が足に密着しているので血液の循環が悪くなり、かつ違和感(痒み)が起こるので、これを防止するために乾燥状態では弾力性がなくなり、かなりの量の液体に接した時にのみ収縮して尿等の液体のその後の漏出を防止するものであること(1欄21行ないし34行、同欄50行ないし53行参照)から明らかである。引用例記載の発明では、脚部を締め付けていないから、その状態で尿等の液体がくれば、液体が脚部とひし形部分のバンド21との隙間を通って外部に流出してしまう。すなわち、バンド21は、十分な量の液体がバンド21を濡らしてこれを収縮させるまでは液体の外部方向への流れをせき止めるものではなく、ある程度の量の液体の流出を防止することができない。

本願発明は、尿が漏れ出てしまうという従来技術の欠陥を補うためになされたものであって、引用例記載の従来技術に相当するものではない。

被告は、引用例記載の使い捨てオムツを着用した場合ひし形部分の末端は吸収体2から直立すると主張するが、ひし形部分12に外方へ引っ張るような力が働けば、固定端13、14の点から折り返されて真っ直ぐ外方に広がるのであって上方に立ち上がることはない。

〈2〉 このように、本願発明のフラップ37は最初から立ち上がっており、漏れ抵抗部分48の特性とも相俟って、液体の流出に対するダムとなっているのに対して、引用例記載の発明においては、ある程度液体が流出して後初めてバンド21が収縮してひし形部分12が立ち上がり、それ以後の液体の流出を防止する点で決定的に異なるものである。

したがって、審決の相違点の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。審決の認定判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない。

2(1)一致点の認定について

〈1〉  引用例の別紙図面2第1、2図に示されているように、引用例記載の使い捨てオムツのひし形部分11、12の末端は、固定端13、14から上方に離間され、かつ、吸収体2からも上方に隔てられている。すなわち、ひし形部分11、12は、肌に対しダムのように立ち上がった構造をしており、収縮バンド21を尿等の液体で濡らして収縮する前でも、本願発明のフラップ37と同様のものとなっている。確かに、バンド21は、液体すなわち尿が来る以前に収縮することがなく脚部の締め付けがなされていないが、引用例の別紙図面2第4図をみる限り、接着ストリップ15によるオムツの着用だけでも脚部の締め付けがそれなりになされ得るものと解される。

そして、このようなオムツを着用した場合、両側縁では原告の主張のようにひし形部分11、12が吸収体の端部から横方向に開き吸収体2から直立するフラップでなくなるが、肝心の脚を取り巻く長手方向中央部ではより引っ張られて図示の状態よりもさらに吸収体2から直立する。すなわち、ひし形部分11、12は、ひし形部分12に外方へ引っ張る力が働き固定端13、14の点から折り返されて外方に広がるが、同時に上方へ向けても立ち上がりが促進され袋状に深く開かれることはその構造に徴し明らかである。。

したがって、引用例記載の発明のひし形部分と本願発明のフラップとは、いずれもダムとして機能する点で相違することはなく、本願発明が格別の作用効果を奏するものとはいえない。

〈2〉  原告は、本願発明に係る別紙図面1第3図の漏れ抵抗部分48の指図線は、フラップ37の先端を示すように描かれているが、本願明細書及び図面の記載からして、本来は固定端40と末端42の中間地帯の表面を指し明白な誤記であると主張するが、本願明細書及び図面の記載から見て、原告の主張するような誤記とは直ちにはいえない。

また、引用例のおおい7は、水分不透過性層1の延長上の末端部にあり、しかも、引用例の別紙図面2第1、2図に照らして、本願発明の液体不透過性バックシート部分の延長上の末端部の漏れ抵抗部分48に対応している。

〈3〉  引用例記載のひし形部分11、12の末端は、固定端13、14から上方に離間され、かつ、吸収体2からも上方に隔てられているから肌に対しダムのように立ち上がった構造をしていること、これを着用した場合立ち上がりが促進されるので、本願発明のフラップと同様ダムとして液体を塞ぎ止める作用効果を奏することは前述のとおりである。

したがって、本願発明と引用例記載の発明とは「フラップの末端が固定端から上方に離間している」点において一致しているとした審決の認定に誤りはない。

(2) 相違点の判断について

〈1〉  引用例記載の発明において、おおい7の上面に取り付けた収縮バンド21は液体媒体で湿潤されることにより非弾性(非収縮)から弾性状態(収縮状態)に変化するものである。本願発明は、この引用例記載の収縮バンド21を従来から通常使われている弾性部材に代えたものに相当するが、これによって本願発明が奏する作用効果は、引用例記載の発明から容易に予測できた程度のものである。

また、引用例記載の発明においては、ひし形部分11、12及びおおい7で液体の移動が抑制されるから、それに対応した分だけ弾性部材による締め付けも相対的に緩和されることになるはずである。したがうて、この点で、本願発明の奏する作用効果が格別のものとはいえない。

〈2〉  引用例記載のひし形部分11、12は、立ち上がり構造を採るものであり、特に着用した場合立ち上がりが促進されるので、本願発明のフラップと同様、ダムとして液体を塞ぎ止める作用効果を奏するものであることは、前記(1)において述べたとおりである。引用例記載の発明がバンド21を尿等の液体で濡らして収縮させた時に初めて脚部を締め付け、尿等の液体の流出を防ぐものであっても、この濡らしが液体のオムツからの流出を意味しているとはいえないから、引用例記載のオムツにおいても、本願発明と同様尿等の液体を一切オムツから逃がさないという作用効果を具備しているものと解される。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いない。

第2  成立に争いのない甲第4号証(本願公告公報)、甲第2号証の2(平成3年4月2日付手続補正書)、甲第2号証の3(平成4年10月28日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる。

1  技術的課題(目的)

本願発明は、使い捨て吸収物品に関し、詳細には使い捨てオムツ等に関する(公告公報4欄19行、20行)。

使い捨て吸収物品は漏れを生じずに所定の目的を果たすべきものであって、例えば使い捨てオムツの液体収容特性を改善する数種の概念が提案されているが、従来の使い捨て吸収物品は、液体収容特性の改善が弾性的に収縮できるフラップを物品の縦方向側部に沿って設けることによって得られるという本願発明の面を欠いている。本願発明の目的は改善された液体収容特性を有する使い捨て吸収物品を提供すること、さらに、非ウイッキング性、非吸収性、そして液体不透過性である漏れ抵抗部分を設けた弾性的に収縮できるフラップを有する使い捨て吸収物品を提供することにある(公告公報4欄41行ないし5欄28行)。

2  構成

本願発明は、上記目的のために、要旨(特許請求の範囲第1項)記載の使い捨てオムツを提供するものである(平成4年10月28日付手続補正書1頁2行ないし2頁13行)。

3  作用効果

「改善された液体収容特性は以下のようにして達成されると考えられる。尿がトップシート部分12上に排出されると、幾らかの尿はトップシート部分12を透過し、かつ吸収芯14によって吸収され(以下、吸収尿と称す)、幾らかの尿はトップシート部分12の表面上を流れ(以下、表面尿と称す)、幾らかの尿はトップシート部分12によって吸収され、かつトップシート部分12を通して横方向にウイッキングし、そして幾らかの尿はトップシート部分12とオムツの着用者の皮膚との間の界面において形成された毛管チャンネル内に流れる。吸収尿は吸収芯14全体にわたって移行し、排出点(中略)から吸収芯14の周辺端50に向けて移動する。結局は、尿は第一縦方向側端52および第二縦方向側端54に達するであろう。漏れ抵抗部分48と遭遇する吸収尿はフラップ37によって吸収されず、かつフラップ37中にウイッキングできないので、吸収尿はそれぞれ縦方向側端52および54においてオムツ10から漏れ出ないように有効にされる。同様に、表面尿は排出点から第一縦方向側端52および第二縦方向側端54に向けて移動する。漏れ抵抗部分48と接触する表面尿は吸収されない。通常の使用時に、重力は表面尿を吸収芯14に向けて流し戻させる傾向があるであろう。漏れ抵抗部分を横切る表面尿は、プラップ37をオムツの着用者の脚の回りに引く際に弾性部材44によって達成されるシーリング効果によってオムツから漏れ出るのが遅延される。(中略)固定端40は通常着用者の脚からたるみ、それによってギャップを漏れ抵抗部分48と着用者の皮膚との間に形成する。トップシート部分12とオムツの着用者の皮膚との間に形成された毛管チヤンネルに沿って流れる液体は、漏れ抵抗部分48における毛管チャンネル内の不連続性によって漏れ抵抗部分48をわたるのが防止される。このようにして、液体はオムツ10から漏れないようにされる。」(公告公報15欄13行ないし16欄9行)。

4  原告は、本願発明における漏れ抵抗部分48は、フラップ37の固定端40と末端42との中間部分を指し、本願明細書(甲第2号証の1)及び本願公告公報(甲第4号証)の第3図(別紙図面1参照)でフラップ37の先端と図示されているのは誤記である旨主張する。

本願発明の特許請求の範囲には「前記フラップは前記液体接触表面上で前記固定端と前記末端との間に介装された漏れ抵抗部分を有し」と記載されていることは前記のとおりであり、また、前掲甲第4号証によれば、本願明細書には、漏れ抵抗部分48について、「漏れ抵抗部分は、フラップの液体接触表面上で固定端と末端との間に介装されている。このように、液体が排出点から脚の回りの液漏れが生ずることができる末端まで流動またはウイツキングするために、液体が漏れ抵抗部分を横切って移動することが必要である。」(公告公報6欄1行ないし6行)、「各フラップ37の液体接触表面43には漏れ抵抗部分48が設けられている(第3図)。漏れ抵抗部分48は、フラップ37の末端42と固定端40との間に位置づけられたフラップ37の一部分である。漏れ抵抗部分48はフラップ37の固定端40からフラップ37の末端42までの液体の移動を遅延させる。」(同14欄7行ないし13行)、「漏れ抵抗部分48の幅が広くなればなるほど、液体は多分漏れ抵抗部分48をわたる(bridge)ことが少なくなり、そしてオムツ10から漏れ出ることが少なくなる。」(同公報15欄3行ないし6行)と記載されていることが認められる。

上記の事実によれば、「漏れ抵抗部分48」は、フラップ37の先端ではなく、フラップ37の固定端40と末端42との中間部分を指すことが明らかであって、前記図面の指図線は誤記と認めるのが相当である。

第3  そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1  まず、引用例には、使い捨てオムツにおいて、上面に水分浸透性層6、下面に水分不浸透性層1を設けた吸収体2で、前記水分浸透性層及び水分不浸透性層を、おおい7を有するひし形部分11、12に折り曲げ、収縮バンド21を液体接触部分を有するおおい7の上面に固定し、吸収体は第一縦方向側端と第二縦方向側端とを有する周辺端を有し、水分浸透性層と水分不浸透性層とを粘着性部分8で接合しているものが記載されていることは当事者間に争いがなく、さらに、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例には、次の技術内容が記載されていることが認められる。

(1)引用例記載の発明の特許請求の範囲1

〈1〉 「(a)防水性の材質から形成された水平方向のほぼ矩形をした外部層(1)と、

(a)上記のように配置され、縁部で前記外部層と接合した浸水性のほぼ矩形をした内部裏地層(6)と、

(c)前記層の一つの上面と接合して縦方向の隣接する縁部に縦方向にそれぞれ延びる一対の弾性と柔軟性のある脚密着部材(21)で、伸張状態と収縮状態の間でそれぞれ弾性的に作動する脚密着部材と、

(d)伸張状態において前記脚密着部材を一時的に保持する防水手段とから構成されたおむつの構造において、使用者がおむつを着用して、前記脚密着部材が湿った時に、前記防水手段が作動して脚密着部材を自由にして使用者の脚とそれぞれ密着してかみ合うように収縮することを特徴とするおむつ。」(5欄34行ないし6欄15行)

(2)先行技術の簡単な説明

〈2〉 「本発明は、(中略)パンティーおむつに関するもので、(中略)この種のパンティーおむつは、一度使用された後は通常捨てられるものである。(中略)パンティーおむつは、脚密着部の縁部領域に弾力性のある層又はインサートのあるものが知られている。(中略)それには、弾力的に収縮するバンドが、伸張状態でパンティーおむつの縦方向の外部に適用されている。(中略)このパンティーおむつの一つの欠点は、そのバンドがいつも弾性的に収縮している状態でパンティーおむつは着用されているので、脚が多少強く締め付けられている感じがして血液循環不順と肌に違和感が生じることである。」(1欄4行ないし34行)

〈3〉 「幼児又は病人が液状の排泄物を取り除かない時には、パンティーおむつの縁部を脚に対して上記のように弾性力で締め付けておく必要はない。さらに、排泄された液体量に適合するように作って、吸収体の吸収力により十分補償されている時には、脚密着部の縁部の弾性的密着性も必要としない。実際、弾性的脚密着部(中略)を必要とするのは、吸収体の吸収力が追いつかない時と、排泄物が脚密着部にある吸収体からはみでたり、ベッド類又は下着を汚すかもしれない可能性がある時に限られる。」(同欄35行ないし48行)

(3)  発明の概要

〈4〉 「本発明の第1の目的は、密着性のある脚密着部がかなりの量の液体に対してだけ作動するパンティーおむつを提供することである。」(同欄50行ないし53行)

〈5〉 「本発明によると、上記の問題は脚密着部の縁部領域に乾燥状態では弾性力がないが、液状媒質で濡れることにより弾性状態に移行する柔軟性のあるバンドを提供することにより解決されている。層は、水溶性物質により伸張状態を維持することが好ましい。」(同欄54行ないし59行)

(4)  詳細な説明

〈6〉 「図1及び2に示されている本発明の形式においては、外部層1と内部層6とは縦方向にばち形状に中心軸Aに向けて折り返されているので、中心軸の両側に位置するひし形部分11、12は、いわゆる「ヴォールト折り」を構成する。おむつのクロッチ領域においては、すなわちおむつを使用する時に子供の両足の間に位置することになる領域においては、内部に存するひし形部分11は内部層6と接合しており、縦方向の中心軸Aに対して対向するように位置する箇所13、14(図2)に沿って、吸収体2の上側又は上部に位置する。その結果、おむつは使用の際クロッチ領域において概して狭くなりまた、2つの横方向の外縁部に向かってそこより遠ざかるにつれて折り返されない。」(2欄58行ないし3欄6行)

〈7〉 「吸収体2に保持されている液体成分がパンティーおむつのその他の縁部領域に届いた時に、伸張状態でバンド21を安定させるその物質は分解して、その結果としてそこから再びバンド21の弾性的特性が働いて、パンティーおむつの縁部領域17、18において収縮を誘発する。この収縮の結果として、脚の領域において脚密着部の防水を押し進める。これにより、弾性的に密着させる方法で脚密着部により脚を締め付けるという目的を達成できるが、このことは液体がかなりの量に及んで本当に必要とされる時だけ行われるのである。」(3欄53行ないし64行)

(5)図面(別紙図面2参照)の簡単な説明

〈8〉 「図1は、本発明に従った第1のおむつ製品の実施例の斜視図である。図2は、図1の斜線2-2できった断面図である。図3は、本発明の第2の実施例の断面図である。図4は、使用者により着用されている状態のおむつ製品の構造を示している。」(2欄3行ないし10行)

2  一致点の認定について

〈1〉  原告は、引用例記載の発明における「ひし形部分11、12」は本願発明の「一対のフラップ」に、「おおい7」は水分不浸透層1の延長であるから本願発明の液体不透過性である「漏れ抵抗部分」に相当するとした審決の認定は誤りであり、したがって、両者は「フラップの末端が固定端から上方に離間している」点において一致しているとした審決の認定は誤りであると主張する。

そこで、前記第1の1ないし4認定の本願発明の技術内容と前記1認定の引用例記載の発明の技術内容とを対比すると、引用例記載の発明の「ひし形部分11、12」は本願発明の「一対のフラップ」に対応することは審決認定のとおりであるが、本願発明の「漏れ抵抗部分」に対応するのは引用例記載の発明の「ひし形部分12」であって、「おおい7」ではない。

そして、引用例の別紙図面2の第2図から、そのひし形部分12は水分不浸透層1の延長であり、液体不透過性である点においては本願発明の漏れ抵抗部分と一致するものと認められるが、引用例の前記〈6〉にはひし形部分を縦方向に折り返すことは記載されているものの、前掲甲第3号証を検討しても、引用例にはその部分を立ち上がらせること、すなわち、上方に離間させることについては何ら記載されていない。むしろ、引用例の前記〈2〉ないし〈5〉の記載に照らすと、引用例記載の発明は、着用時に尿がない場合脚密着部を締め付けないようにし、多量の尿が脚密着部に届いた時に締め付けて尿の漏れを防ぐことをその目的及び作用効果としていることが明らかであるから、着用時にひし形部が立ち上がっている、すなわち吸収体から上方に離間しているとは考えられない。引用例の別紙図面2の第1、第2図において、一見この部分が立ち上がっているようにみえるのは単に作図上の便宜にすぎないと認めざるを得ない。

〈2〉  そうすると、引用例記載の発明は、おおい7を含むひし形部分11、12が固定端から上方に離間した構成のものとはいえないから、「フラップの末端が固定端から上方に離間している」構成において本願発明と一致しているとした審決の認定は誤りである。

しかしながら、別添審決書の「理由」によれば、審決は、「本願発明では、弾性部材がフラップの末端と作動的に組み合わされ、フラップの末端を常時収縮させているのに対し、引用例では、収縮バンド21は乾燥時は非弾性即ち非収縮で、液体媒体で浸潤されることにより弾性状態即ち収縮状態となる点」を相違点と認定し、この弾性部材を常時収縮させるように組み合わせることは当業者にとって容易になし得たことと判断しており、このように構成すれば、引用例記載の発明においても必然的にひし形部分11、12は立ち上がり、上方離間することは技術的に自明であるところ、審決の相違点についての判断が正当であることは、3において述べるとおりであるから、審決の一致点の認定の誤りは審決の結論に影響しないというべきである。

3  相違点の判断について

〈1〉  前記1認定事実によれば、引用例記載の発明は、「従来のパンティーおむつの一つの欠点は、そのバンドがいつも弾性的に収縮している状態でパンティーおむつは着用されているので、脚が多少強く締め付けられている感じがして血液循環不順と肌に違和感が生じることがある」が、「幼児又は病人が液状の排泄物を取り除かない時には、パンティーおむつの縁部を脚に対して上記のように弾性力で締め付けておく必要はない。さらに、排泄された液体量に適合するように作って、吸収体の吸収力により十分補償されている時には、脚密着部の縁部の弾性的密着性も必要としない」との知見に基づいて、おむつのバンドを常時弾性収縮状態で着用することの欠点を改良するために創作されたものであるから、上記認定の構成を除く構成が本願発明と一致している引用例記載の発明において、従来どおり弾性部材を常時収縮させるように構成することは、当業者にとって容易になし得た程度のことにすぎない。

〈2〉  原告は、引用例記載の発明では尿等の液体が流出しバンドが収縮して初めて更なる液体の流出を防止するものであると主張する。

しかしながら、引用例記載の発明は、前記したとおり、従来技術においてオムツのバンドを常時弾性収縮状態で着用することの欠点を改良したものであり、オムツにおいて尿等の液体を外に流出させないことに加えて常時脚部等を締め付けておくことによる血液循環不順と肌への違和感を解消したものであると解するのが相当であるから、原告の前記主張は理由がない。

〈3〉  以上のとおりであるから、相違点についての審決の判断は正当であり、そうであれば審決の前記一致点の認定の誤りは審決の結論に影響しないことは前記2〈2〉において述べたとおりであるから、審決に原告主張の違法は存しない。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

口頭弁論終結の日 平成10年1月20日

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

理由

[手続の経緯・本願発明の要旨]

本願は、昭和57年7月17日に出願されたものであって、その発明の要旨は、特許出願公告された明細書及び図面並びに公告後に補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの、

「前部腰部分、後部腰部分および前記の前部腰部分と前記の後部腰部分との間に位置する股部分とを有する一体的使い捨てオムツにおいて、

液体透過性トップシート部分と前記トップシートと接合した液体不透過性バックシート部分を有する外方カバー層(前記外方カバー層はトップ面を有する)、

前記トップシートと前記バックシートの間に配置される液体を吸収する吸収芯部材(前記吸収芯部材は第一縦方向側端と第二縦方向側端とを有する周辺端を有する)、

少くとも一対のフラップ(前記フラップの各々は固定端、前記固定端に離間関係にある末端を有し、かつ液体接触表面を有し、その縦方向側部は前記固定端および前記末端によって境界をつけられ、前記外方カバー層の前記トップ面に接触させる前記フラップの前記固定端と股部分における前記末端の少くとも一部分は前記外方カバー層に対する付着がなく、前記フラップは前記液体接触表面上で前記固定端と前記末端との間に介装された漏れ抵抗部分を有し、前記漏れ抵抗部分は非吸収性でありかつ液体不透過性である)、および

前記フラップの各々の前記末端と作動的に組合わされかつ少くとも2つの端部に近い前記フラップに弾性的に収縮し得る状態で固着されて前記フラップの前記末端を弾性化し、それによってフラップを収縮させまたはギャザー付けをする弾性部材(前記フラップに前記弾性部材が作動的に組合わされ、前記フラップの前記末端を前記固定端のまわりに上方離間、かつ前記吸収芯部から上方に隔てられるように固着されている)を有する一体的使い捨てオムツ。」

にあるものと認める。

[引用例]

これに対して、原査定の拒絶の理由となった、特許異議の決定の理由に引用された、本願出願前頒布された刊行物であることが明かな米国特許第4246900号明細書(1981年1月27日発行。以下、引用例という。)には、使い捨てオムツにおいて、上面に水分浸透性層6、下面に水分不浸透性層1を設けた吸収体2で、前記水分浸透性層及び水分不浸透性層を、おおい7を有するひし形部分11、12に折り曲げ、収縮バンド21を、液体接触部分を有するおおい7の上面に固定し、ひし形部分の末端を固定端から上方に離間させ、かつ吸収体からも上方に隔て、吸収体は第一縦方向側端と第二縦方向側端とを有する周辺端を有し、水分浸透性層と水分不浸透性層とを粘着性部分8で接合しているものが、図面とともに記載されている。

[対比・判断]

そこで、本願発明と引用例のものとを対比すると、引用例における「水分浸透性層6」「水分不浸透性層1」「吸収体2」「ひし形部分12、12」及び「収縮バンド21」は、各々本願発明の「液体透過性トップシート」「液体不透過性バックシート」「吸収芯部材」「一対のフラップ」及び「弾性部材」に相当し、引用例の「おおい7」は水分不浸透層1の延長であるから、本願発明の液体不透過性である「漏れ抵抗部分」に相当し、引用例第一図からみて引用例のものも、前部腰部分、後部腰部分及び股部分とを一体的に有していることは明かであるので、両者は、「前部腰部分、後部腰部分およびそれら両者の間に位置する股部分とを有する一体的使い捨てオムツにおいて、液体透過性トップシート部分とこれと接合した液体不透過性バックシート部分を有する外方カバー層、前記トップシートと前記バックシートの間に配置される液体を吸収する吸収芯部材(第一縦方向側端と第二縦方向側端とを有する周辺端を有する)、液体接触表面及び漏れ抵抗部分を有した一対のフラップ、およびフラップに末端を固定端から上方離間させ、吸収芯部から上方に隔てられるように固着されている弾性部材を有する一体的使い捨てオムツ」の点で一致し、次の点で相違している。

「本願発明では、弾性部材がフラップの末端と作動的に組み合わされ、フラップの末端を常時収縮させているのに対して、引用例では、収縮バンド21は乾燥時は非弾性即ち非収縮で、液体媒体で湿潤されることにより弾性状態即ち収縮状態となる点。」

そこでこの相違点について検討するに、引用例の発明は、「常時バンドを弾性収縮状態でオムツを着けていると、脚部を多かれ少なかれ締め付けることとなり、血液循環が乱れ皮膚がいらいらする」(1欄34~38行目)ので、これを解決する方法として開発されたもので、オムツのバンドを常時弾性収縮状態で着用することの欠点を認識したものであるから、本願発明は、引用例に記載の従来技術に相当し、その効果も格別のものとは認められない。

[むすび]

以上のとおりであるから、本願発明は、本願出願前頒布されたことが明かな引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

別紙図面1

〈省略〉

図面の簡単な説明

第1図はZ折りされかつ乳幼児に置こうとされている本発明の使い捨てオムツの斜視図、第2図はZ折りしかつ収縮させる前の第1図の使い捨てオムツの部分切取斜視図、第3図は3-3線に沿つてとられた第2図のオムツの断面図、第4図は3-3線に対応する線に沿つてとられた本発明の別の好ましい具体例の断面図、第5図は3-3線に対応する線に沿つてとられた本発明の別の好ましい具体例の断面図、第6図は3-3線に対応する線に沿つてとられた本発明の別の好ましい具体例の断面図である。

10……オムツ、11……外方カバー層、12……トツプシート部分、14……吸収芯、16……バツクシート部分、20……第一反対面、22……第二反対面、37……フラツプ、40……固定端、42……末端、43……液体接触表面、44……弾性部材、48……漏れ抵抗部分、50……周辺端、52……第一縦方向側端、54……第二縦方向側端、62……中間部材、70……上ばりシート。

別紙図面2

〈省略〉

図面の簡単な説明

第1図は、本発明に従った第1のおむつ製品の実施例の斜視図である。第2図は、第1図の鎖線2-2で切った断面図である。第3図は、本発明の第2の実施例の断面図である。第4図は、使用者により着用されている状態のおむつ製品の構造を示している。

1……外部層 2……吸収体

6……内部裏地層 11、12……ひし形部分

17、18……縁部領域 21……脚密着部材(バンド)

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